英語嫌いの 胸を躍らせる有限会社ラーナーズジム

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英文にも相性がある?

2017/05/31

音読をしていると、そのスタンスが変化していくのがわかる。

最近感じたのだが、音読しているときに、”うまくやろう”という気持ちがほとんどなくなってきている。

なめらかに読もうとするあまり、読んでいる内容がなかなか頭に入ってこないという現象は、高校時代からずっと続いていた。

しかし、先日それは起こった。

自分の声よりも、読んでいるその状況、英文表現の方に、意識が向けられていた。向けようとした、というより、自然にそうなっていた感じだ。”音読に心が乗っている”という新鮮な体験。

こうなりたい、とか、そうしたい、という意図的な境地から、自然とそうなっていく、という感じが何とも心地よい。

毎日やる、とか、練習する、というのは、ひとつの作業から意図的なもの、邪念、雑念などを排除していくということなのか?

いや、正確に言えば、意図的なもの、邪念、雑念と共存できる、そういうものがあっても、それにパフォーマンスがあまり左右されない、という状況かもしれない。なぜならば、音読していようがピアノを弾いていようが、”無”や”ピュアな境地にはなかなか至らないから。(1000回中1回ぐらい起こることはあっても)

今まで描いていた”没頭”というのとも違う。どこか淡々ともう一人の自分が音読している自分を俯瞰している感じ。”ああ、こういう状況では、こんな英文で表現すればいいんだ”という、観察モード。

あとは教材との相性もわかってくる。TOEIC Lisniteng & Reading  Vol1.のパート3(会話)英文は、いくら音読しても、すごく”他人ごと感”があった。ネイティブ英語と日本人英語の距離を非常に強く感じていた。ところが、たまたま先日、旧式問題のTOEIC公式問題集VOl5.で音読してみたら、全然感触が違っていた。”これぐらいの英文だったら、自分の口から出てきたら気持ちいいだろうな”と素直に思えた。

そうなのだ。教材の例文にも、学習者との相性があるのだ。ネイティブとはいえ、Aさんが作った英文とBさんが作った英文とでは、どこかテイストが違うのだ。先ほどの教材比較で言うならば、前者はテスト用にわざと難しく長く、凝った表現にしているのに対して、後者は全体的に素直で、気負いがない英文のような感じがする。

テスト教材のしっくり度は、まさにこのあたりだ。例文とよく向き合ってみると、意図的な例文と、自然な例文があるように感じられる。別に私にネイティブ並の語感があるというわけではない。語学センスとは別の、人としての直感のようなものだ。もっと言えば、”こと人とはなんとなく気が合う”という、理屈では説明しきれない肌感覚に近い。教科書の例文も、いわば人間が作ったもの。人間が作ったものである限り、それを受け取る側の人間との相性があったとしてもおかしくはない。

相性の合う合わないに、もっともらしい理屈をつけるより、ただそのシックリ感、ざらつき感を楽しもう。