英語嫌いの 胸を躍らせる有限会社ラーナーズジム

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勉強する目的

2016/01/29

昨日の集会で考えさせられたことがひとつあります。

それは、”なぜ私たちは勉強をするのか?”ということ。

この答えは十人多様ですが、少なくとも私においては、”知への畏敬”を忘れたくないからです。勉強すればするほど、”自分の今の知力・能力では及びもつかない知の領域”を強く感じずにはいられません。世の中には、その知識差を利用し、知的弱者のコンプレックスをくすぐったり、無用の劣等感、気後れ、逆に、崇拝、狂信へと導こうとするものがあふれています。こうしたものに対する絶妙な距離を保つことも、勉強するモチベーションになっています。

勉強は万能ではありません。しかし、膨大な活字と向き合っていると、少なくとも、勉強していない学者ぐらいは見抜けるようになります。アカデミックな、専門的なコーティングをした言論に隠された、浅い思考、短絡的な思考ぐらいは見抜けるようになります。”学者でありながらも、一般市民でもわかる語り口が定評”は、確かに最高のニッチビジネスだと思います。もっとも、私自身も、”わかりやすさ”をひとつのウリとして自分の商売を拡大してきましたから・・・・

勉強をすることで、このニッチビジネスと一定の距離を置きながら静観する目線が生まれます。わかりにくいものの中に何かを感じる力、これは勉強で鍛えられます。ただ、ここでいう勉強とは、書物だけではなく。実務経験や、芸術的な練磨も含まれます。

わかりやすいことは、気持ちよいことではありますが、自分の理解では消化しきれないことに対する畏敬の念は失わずにいたいといつも思います。ここを常に意識しておかないと、”自分がわかりえることだけが正義であり最上”という短絡思考にすぐに陥ってしまいます。

”わかりやすさ”が大手を振って歩く時代です。自分の知的世界を広めることは素晴らしいことですが、同時に、自分の知力が及ばない世界があることも忘れてはいけないと思います。どんな分野でも、実務の世界は、外部の人間が想像もつかない複雑怪奇な要素にあふれています。いつの時代も、実務の世界を生きている人にしか見えないことはたくさんあります。外部の人間はどうしてもそれらを単純化し、気持ちいいくらいシンプルで明快な理論や理想論で、ぶった切ってしまいがちです。ぶっちゃけとーくで解消されるほど、世の中の仕組みも、実務の世界も単純ではありません。それでも、理想論を語りたい、というのであれば、私は実務の世界に身を置きながら、外部の人間としてではなく、あくまでも実務者の一人として、その実務の世界の中で発信していきたいです。

英語教育について論じたければ、やはり、まずは、英語教育の現場に身を置く。これが私にとっては絶対条件です。そして、自分の知性・人生体験総動員しても越えられない、根深く複雑な現場の諸問題があることに対して、常に自覚的でありたいと思います。