英語嫌いの 胸を躍らせる有限会社ラーナーズジム

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ブログ

やらなくていいもの

2015/05/09

腹の底から、英語の必要性を納得している人ばかりが英語研修を受けているわけではありません。むしろ、英語の必要性に疑問符を持ちつつ、会社命令でしぶしぶ受けている人も相当数います。

私ぐらいの年齢になると、長年蓄積された知識や思考の詰め込みが、かえって自然体の生き方を邪魔したり、直観を鈍らせていることを実感します。知識や思考の断捨離をしている今、自分の中にあるたくさんの”やらなくちゃ”を見直し中です。

そんな折、あらためて、英語は、新入社員にとって本当にやっておくべき課題なのか、そうでないのか立ち止まって見直しているところです。コミュニケションツールという点では、英語はパソコンと同じです。まずはパソコンスキルが本当に必要なスキルなのかどうか見つめなおしてみます。”当然必要でしょ”と考えるのは、今、パソコンが使えて、その利便性の恩恵に浴しているからそう思うだけなのかもしれません。少し冷静に身の回りにいるパソコンスキルほぼゼロの人たちを観察してみます。彼らにとってパソコンができないことが、思い通りの生き方をしていく上での大障害になっているようにはとても見えません。

こんなふうに、日本語コミュニケーションにおけるパソコンですら、”今やできて当然”という大前提が崩れるのですから、英語においては、なおさら、”必要という大前提”がもろくも崩れていきそうです。。。。。

そもそも、パソコンも英語も、必要だから習得するという発想そのものが、かなり窮屈なものであるように思えます。必要なことだからやる、必要でないことはやらない、というのは一見非常に合理的に見えます。でも、人間の一生を、そうした合理性だけで取捨選択していくのは、なんだかすごくもったいないような気もするのです。

必要性のないもの、やらなくてよいものの代表例は”趣味”でしょう。確かに、趣味って、ご飯を食べていく上で、生計を立てていく上で何の足しにもなりません。つまり、合理主義からすれば、まったく必要のないものです。でも、必要性から程遠いものに、私たちは癒され、生活のうるおいを満たしたりしています。仕事ではどうしても英語の必要性が描けない人は、いっそのこと、役立たない趣味、ぐらいの気持ちで触れてみてもいいかもしれません。

かくいう私も、高校卒業以来封印してきた”絵を描く”趣味にはまっているところです。絵が描けたって、いい大学やいい会社入れるわけじゃない。ビジネスでの成功に絵心はまったく関係しない。絵なんて描けてもちっともかっこよくもないし、何の役にもたたない。

だから、私はこの30年、絵を描くことにまったく気持ちが向かうことがありませんでした。しかしながら、ある日突然、堰を切ったように、私は絵を描き始めたのです。ただ、ひたすら自分のために、描きたい気持ちのまま、飽きるまで描き続けています。おそらく描きためた絵を誰かに見せることはしないでしょうね。そもそも、自分のためだけに描いているから楽しいし、そういうひとときが、自分の人生のうるおいになっているのですから。見る人を意識しだしたら、きっと、仕事同様、どこかで合理性やら理性が顔を出してきそうで嫌なのです。

英語は残念ながら完全な趣味と割り切ることは難しいかもしれません。たとえそうであっても、ぜめて”英語=仕事のツール”というところからちょっとだけ離れて、純粋に自分の好奇心を満たすためだけに、外国語に触れてもらいたいなぁと思います。そこには他者からの評価は無用。自分がわかったらそれでいいし、自分の思いが、外国人に伝わったらそれでいいんです。それが上手だったかはまったく気にしなくていい。英語にだって、絵描き同様、そうした純粋な自己満足の世界が成立するんです!!!

研修中、表向きはしっかり勉強していただきながらも、心の中では、趣味のように気楽な気持ちで、言葉の世界を遊んでもらえたらうれしいです。”仕事だからがんばる”、”仕事じゃないからどうでもいい”という二元論でいるのは、なんだかとてももったいない。純粋にわからなかったことが解明されていく快感、言いたいことを言い表せる語彙がひとつ増えることの喜び、思ったことが外国語でも同じように伝えられる面白さ、に少しでも近づいてもらいたい。しかも、それはいつまでも他人から与えられるものではなく、自分でひとつひとつ積み上げていけるし、そのほうがおもしろいし、最終的に自分に定着していくことも、受講者に伝わっていったらうれしいです。