英語嫌いの 胸を躍らせる有限会社ラーナーズジム

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TOEICが支持される理由

2014/12/18

私の場合、外国人と一緒に働くことの最大のストレスは、聞き取れないことでした。一方、それほど神経質になる必要がないとわかったのは、きれいな発音や、ネイティブらしい表現、文法的な完璧さ、などでした。実際のところ、ネイティブスピーカーが心の中で、自分の英語をどう評価していたのかは知る由もありません。少なくとも意思疎通という点では私の話す英語はさほど深刻な問題があったとは思えません。一方、聞き取り力は、相手には見えないものの、聞いている私自身は、毎回聞き取れないことにストレスを感じまくっていました。

TOEICを受験するたびに思います。もし学校英語が、リアルなスピードの英語を扱っていたら、原書などを使って、いっぱしのボリュームの英語に触れるような教育であったとしたら、完璧さより60点の言語を堂々と使うことの重要性に気付かせるような教育であったとしたら、企業社会でこんなにもTOEICが重宝がられることはなかったのかもしれない、と。つまり、学校英語に慣れきった私たちは、社会に出て英語を使うことになってはじめて、スピードの洗礼、情報量の洗礼、音声での情報処理の洗礼を受けることになるんですね。そして、そこではじめて、TOEICを通してスピード処理力を鍛えよう、ということになっていく。

確かに中高生あたりでさっさと使える英語を身に着けさせれば、これほどまでに社会に出てからTOEICで苦労することもないでしょうし、英語などにかまけることなく、本業の仕事に専念できて、産業界の人材力も今よりも強固になるのかもしれません。でも、英語だけにこうした理想を求めることはあまり現実的ではないでしょう。なぜなら、実社会で必要なことって、そもそも学校では扱われていないからです。有用性を重視するなら、金融リテラシーだとか情報リテラシーなども取り入れるべきでしょうし、そういう理屈で攻めていくと、おそらくもっとたくさんの勉強科目が浮上してくることでしょう。

つまり、いつの時代も、実用性で学びをくくることはできない。結局、多くの人は、社会に出てから、必死に実用的なことを学んでいくのでしょう。学びの前倒しは、実はそれほど現実的ではありません。中年になって英語で苦戦している現象を垣間見て、若手に研修をシフトしたものの、若手も多忙で英語なんてやってられない。次に新入社員にシフト。新入社員も仕事を覚えるのが手一杯で内定者にシフト。そして大学生。そして高校生、中学生、小学生へと、英語の学習はどんどん前倒しされています。しかし、どの層においても、それと真剣に向き合う人はごく限られた人たちだけ。金融リテラシーやら、情報リテラシーやら、どんなことを前倒ししても、たぶん、英語のそれと同じような現象が起こるだけのような気がします。いつの世も、実社会に出てはじめて、”ああ、もっと若い頃に投資の勉強をしておけばよかった”、”もっと若い頃から、お金について勉強しておけばよかった”と気が付くのが大半の反応ではないでしょうか?

若い時代に何をすべきだったか?というテーマは魅力的なのですが、どこかないものねだりに似た感覚をおぼえます。”もう少し若いときにやっておけばよかった”という振り返りは、いつの時代も不毛に終わります。いつの時代も、何歳にあっても、今、明日何をすべきか、したいのか?それに集中するしかないのかもしれません。なぜなら、あの若い自分も、それなりに200%力を出して生きていたはずです。あれもやっておけばよかった、それもやるべきだったと後悔するのは、あまりにも一生懸命に生きていた当時の自分のことを忘れすぎているように思います。幼少期だって、きっと、当時の自分は本当に必死に生きていたのだと想像します。だとしたら、過去の自分ももうそれ以上できないくらいがんばったのだ!だから、今の自分に100%集中しよう!という結論にいつも落ち着きます。